
目にみえるものは、『目にみえないもの』に支えられている。
仏教の世界では『縁起(えんぎ)』という言葉があり、『命』そのものを捉えている。
こうして今日もココに在ることも、縁起。
日々いろいろな人や物と出逢えている、これもまた縁起。
目に見えるわかりやすい縁でさえも
そこに心を寄せようとしないと、自ら気づこうとしないと
ほんとうにたいせつなものには、きっと気づけていないのだと思う。
それが日日のなかにある“いつもの”なことであるほど。
真にたいせつなものほど
わかりずらく、目にみえずらいから
こぼれ落ちないように、やわらかな心と、余白をもっていたい
そのなかでわたしがどういう選択をして、どういう生き方を育んでいくかがたいせつなんだと思う。
目にみえるものは、『目にみえないもの』たちに支えられている𓂃⚪︎
そんなまなざしで
自分を、人を、そして日日を、
すこしでも視てあげられたのなら
いったい、どんなことを感じるのでしょうね。
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