一 水 一 会

水流るる音を聴きながら
珈琲と余白を味わう。

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はじまりは、いつも小さな一雫から𓂃⚪︎

 
 
はじまりは、いつも小さな一雫から𓂃⚪︎
 
 
100日かけて湧水を巡る旅の途中、
いまも静かに、深くわたしのまんなかに残っている風景があります。
 
それは、京都 鴨川の“源流地”を訪れたときのこと。
 
 
あのとき受けとったものが
いまの一水一会の空間づくりをはじめ、ご縁の捉えかたや育みかたの根に、そっと流れ続けている。
 
 
新月という節目のタイミングで、今朝なぜかその風景をふと思い出していた。
 
そのとき受けとったものをあらためて分かちあいたくなって、いまの感覚も添えて言葉を綴ってみました⚪︎
 
 

京都 鴨川 源流地

「きっと、清らかな水が流れているに違いない」
 
そう胸を弾ませていたわたしを待っていたのは華やかさもなく、ただぽたり…と滴るような一雫だった。
 
 

  
 
けれど帰り道、車の中でふと湧いてきた言葉がありました。
 
 
──あっ、そうか。
ほんとうの“はじまり”って、あんなふうに、
素朴で、小さくて、見逃してしまいそうなものなのかもしれないって。
 
 
 
なにかを始めたい。ふと「これ、いいな」って感じた。
 
そんな“ほんの一雫”の感覚が、やがて大きな流れをつくっていく。
 
 
時間をかけて積み重なり、
いつか「かたち」として人の目に映るものになっていくけれど、
 
その根っこには、あの小さな一雫のような想いが宿っているんだと思う。
 
 

 
 
いまの世の中では、
「早く結果を出すこと」や「効率よく進むこと」が
どうしても優先され評価もされがちだけど
 
その流れに慣れすぎてしまうと、
 
本来芽吹くはずだった何かが芽を出せずに終わってしまうような、そんな感覚もある。
 
 
だからこそ、わたしは思う。
 
そのスピードを否定するのではなく、
 
『その流れとどう“共存”していくか』が、これからの鍵なのだと。
 
 
たとえば、
 
いまの暮らしや仕事、人との関わりのなかに
どんな“小さな一雫”を大切にしたいか
 
そして──
 
これからのわたしは、どんな“一雫”を
この世界に、そっと落としていきたいのか
 
 
 
たまには、そんなふうに
“自分の源流”にふれなおす時間を持とう。
 
きっとそれだけで、
心の奥から澄みわたっていくものがあると思うから𓂃⚪︎
 
 
 
新月という節目の日
 
今日も、あなたにとっての佳い一雫を🕊️

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