
言葉になるまでの「過程」が、深みを育むと思う。
言葉になるまでの「過程」が、深みを育むと思う。
すぐに答えが出なくても
すぐに言葉にならなくても
その途中にある、静かな揺らぎや余韻。
その姿は周りには見えずとも
その時間が、人の奥行きを育ててくれる氣がする。
わたしは、静の時間がとても好きだ。
みんなで和気あいあいするのも、
言葉の交わし合いによって理解し合えることも、
そこから生まれる信頼も
とてもたいせつで、楽しい。
けれど、静の時間には
「言葉のない“間”や空気」をともに感じるなかで
そこから自然に深まっていく
“もうひとつの信頼”があると感じている。
わたしが届けたい「余白」とは
たぶん、そういうものなのだと思う。
一水一会のひとときを言葉にするなら
きっと、こんな感覚に近い気がしています。
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