傾心録𓂃二人目「大学生のわたし」
傾心録𓂃二人目
- 12人のわたしと、心を傾ける旅 –
今日、心を傾けて話を聴いたのは、
大学生のわたし。
あの頃のわたしは、
まだ「自分の生き方」というものを
考えたことがなかった。
人と深く関わることも怖くて、
自分に自信もなくて、
何かに本氣になることもなかった。
勉強もそこそこ。
部活もそこそこ。
「どうせ自分なんて…」
そんな感覚をもっていたように思う。
大学時代に訪れた転機
大学に入っても、
特にやりたいことはなかった。
だからゼミも、
「フィールドワークって、なんか面白そう」
そのくらいの理由で選んだ。
後になって知ったのが、
そこは大学で最も大変だと言われるゼミだった😅
授業では、
「あなたはどう思う?」
そう問いかけられ続けて
共感しか言えなかったわたしには
とても苦しい時間だった。
けれど、大学2年生の春休みに
ゼミで訪れたフィリピンでの体験をきっかけに
わたしの人生はすこしずつ変わりはじめた。
豊かさとは何だろう。
幸せとは何だろう。
それまで当たり前だと思っていた価値観が、
すこしずつ、けれど深く揺れはじめた。
帰国後、もっと学びたいと思うようになった。
自分から先輩に話を聴きにいく。
自分の考えを伝えてみる。
挑戦してみる。
少しずつ、
すこしずつ。
そんな姿を見ていてくれたのか、
高校生への出張授業や、
100人を超える前で発表するチャンスもいただいた。
それらの経験を通して、
『自分にもできるかもしれない…!』
という小さな自信を育んでくれた。
・
ただ、今振り返ってみると、
本当に大きかったのは“別のこと”だった氣がする。
ゼミの恩師は、
いつもこんなことを伝えてくれていた。
『自分の生き方を考えなさい。』
『夢やロマンを持ちなさい。』
『僕は君たちの生き方を見つけることはできない。
でも、そのきっかけになる出逢いや経験は用意できる。』
当時は、正直よく分かっていなかったけど
今なら分かる氣がする。
恩師は知識を教えていたんじゃなくて、
『人生と向き合う問いと経験』を
私たちに渡してくれていたんだなと。
今のわたしが、あの頃のわたしと対話してみた
ねえ。
今だから聴いてみたいんだけど、
君は、先生から何を受け取ったの?
大学生のわたしは、
すこし考えてから答えた。
『自分の人生を、自分で考えてもいいんだってことかな。』
そう。恩師は、
『人生は自分で選んでいいんだ』と教えてくれた。
どんな生き方をしたいのか。
何を大切にしたいのか。
誰と生きていきたいのか。
そんな問いを教えてくれた。
・
そんな恩師は、
わたしが大学3年生のときに
突然この世を去った。
もっと早く氣づけていたら、
もっと早く言葉にできていたら、
直接お礼を伝えられたのに。
そんな想いが、今でも残っている。
けれど、今もわたしの中で
恩師が遺してくれた問いと経験は、
ずっと生き続けている。
人の生き方に関わる仕事を選んだことも。
人生を自分で選び、創造し続けていることも。
今こうして、一水一会を続けていることも。
こうして人生を振り返りながら、
対話を続けていることも
その原点には、恩師の存在がある。
・
いつかわたしがこの世を旅立ったとき
死後の世界というものがあるかはわからないけど
「あなたのお陰で、こんな人生を歩めました。
有難うございました。」
そんな言葉を、あの世で恩師に伝えたい。
これは、わたしの人生最後の夢𓂃 🪽
今日は、
大学生のわたしと対話した記録。
きょうも心と日常に、余白を。
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傾心録𓂃
三人目は、“社会人のわたし”
旅は、つづく。
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