傾心録𓂃 四人目「やってみたかった」
「やってみたかった」
周りの目や評価を氣にして生きてきたけど
それよりも、この願いを、大切にしてみよう。
そう思えた、27歳。
そのわたしに心傾けてみたら
「願いをなかったことにしない歓び」がみえてきた。
27歳のときの転機
24歳に大きな喪失を経験したあと、
もう一度、
人の生き方に関わる仕事がしたくて
人材紹介企業に転職をした。
今度こそ同じ失敗を繰り返さないように。
もっと成長できるように
もっと認められる自分になれるように
休日もセミナーへ足を運び
給与のほとんどを啓発に投入していた。
学ぶことは楽しかった。
けど、あの頃のわたしは
知識を集めることに夢中になって
現実を生きれていなかったように思う。
・
そんなある日。
通勤中の事故で、左足の親指を複雑骨折した。
治療は思うように進まず、
二度の手術とリハビリに休職をして
9ヶ月の松葉杖生活をしていた。
左足の親指だけなのに、思うように動けない。
当たり前だったことが、当たり前じゃなくなった。
どんなに心が元氣でも
身体の一部が動かないだけで
こんなにも不自由なのか、と痛感した。
そして、強く思った。
『周りの目や言い訳をしている場合じゃない。
もっと、自分のやりたいように生きてみよう。』
その結果、治療中にも関わらず
人生で初めて「写真展を開く」という夢を形にした。
誰かに言われたからでも
評価されたいからでもなく
ただ、やってみたかった。
だから形になった時、ものすごく嬉しかった。
(この経験は後に、”起業”の道へと繋がる)
今のわたしが、あの頃のわたしと対話してみた
あの頃の君は、
写真展をやってみて何が一番嬉しかったのかな?
27歳のわたしは、即答した。
『自分の願いを、ちゃんと大切にできたことかな。』
自分の願い?
「うん。」
わたしは24歳のとき
大きな喪失をするなかで
自分の本心との繋がりを失っていた。
その時、自分を生きようと
自分の本心を大切にしようと誓った。
でも、結局のところ
周りのことばかり気にしていて
『また同じことをしていた』ことに氣づかされた。
ものすごくショックだった。
だから写真展は、“特別”だった。
やり方もわからなかったし
できるかどうかもわからなかった。
それでも、“やってみたかった”。
そんな願いを無かったことにせず
色んな人の力を借りながら、形にしてあげられた。
それが、一番嬉しかったんだ。
この経験をきっかけに
ここから少しずつ
できるかどうか、ではなく
“やりたいかどうか”。
正しいかどうか、ではなく
“自分の心が向いているかどうか”。
そんな生き方へと、舵を切っていく。
そして今、想像以上の道を歩んでいるよ。
・
新しい何かを手に入れることよりも、
忘れていたものを思い出すこと。
本当はずっとそこに在ったものに、
もう一度出逢い直していくこと。
それもまた、
人生にとって大切なことなのかもしれない。
そんなことを感じた。
きょうも、心と日常に、余白を𓂃⚪︎
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傾心録𓂃
五人目は、“30代前半のわたし”
このときの経験が、
今の私の、一水一会の原点となっている。
旅はつづく。
>>>傾心録五人目の物語を読む
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