一 水 一 会

水流るる音を聴きながら
珈琲と余白を味わう。

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傾心録𓂃 九人目「感じることは、思い出すこと。」

『感じることは、思い出すこと。』
 
 
これは一水一会が生まれ
100日をかけて日本各地の湧水を巡るなかで、
わたしのなかに、芽生えた言葉。
 
 
これまでずっと、
その人自身が本当にたいせつにしたい
想いや方向性に出逢うために
「言葉」を通して人と向き合ってきた。
 
ただ、あの頃のわたしは
どこかで“言葉の限界”も感じていた。
 
 
この旅は、
そんな違和感を、『確信』へと変えてくれた。
 
 
本当に届けたかったものは
“言葉だけでは届かない場所”にあった。
 
それよりも、“感じる”こと。
  
 
“心(五感)”がひらかれていく時間のなかで
人は少しずつ、自分の今心の声に出逢っていく。
 
そして、不思議なことに
 
“新しい何か”を手に入れるのではなく
 
もともと自分の中にあった大切なものを
そっと“思い出して”いく。
 
そんな景色に、何度も出逢っていった。
 
 
傾心録𓂃 九人目
 
 
 
 

36歳、100日の旅へ

2023年9月23日_秋分の日。
 
「一水一会」という名が生まれ
車ひとつで日本各地を巡る
100日間の旅からはじまった。
 
 
目的地は、日本各地の湧水地。
 
その土地に流るる湧水を汲み、
その水で珈琲を淹れ、
その土地に縁ある人たちにふるまう
 
そのなかで、
心や時間を深く重ねていくような旅だった。
 
 
 
旅をしながら、会を重ねるたびに
おもしろい景色に何度も出逢っていった。
 
 
それは自然でできた器にふれながら
 
一杯の湧水珈琲という存在を通して
その土地の湧水を、その土地の人が宿したとき
 
そこから自然と湧き出てくる感覚を言葉にするなかで
 
 
『あぁ、わたしはこれを大切にしたかったんだ。』
 
『こんな自分の想いに出逢えるなんて思わなかった。』
 
『わたしの中に、すごく安心が満ちています。』
 
そんな言葉とともに
その人の瞳が宝物をみつけたようにキラキラとしていた。
 
ときに、静かに涙を流す方もいた。
 
 
水という存在は
自然のなかで、唯一誰もが身体に宿せるもの。
 
そして、湧水とは
その土地のエネルギーを身体に宿すこと。
 
 
それは味わい以上に、
とても深い意味があるように感じた。
 
 
 
 

あの頃のわたしと対話してみた

ねぇ、ひとつ聴きたいんだけど
 
100日間の旅を終えて、君は何を受け取ったの?
 
 
『わたしが本当に分かち合いたかったもの
それは、“感じるなか”にあったんだということかな。』
 
 
 
感じることよりも
考えることに偏りやすい時代だからこそ
 
『感じる』という時間そのものが
わたしたちに大切なことを思い出させてくれる。
 
 
その言葉の真髄のようなものを
この一水一会の時空間から受け取った。
 
そして、
これまで感じていた違和感や葛藤もふくめて
歩んできた人生が、
ひとつに結ばれたような感覚だった。
 
 
 
…あぁ。そんなことを感じていたんだね。
 
 
100日の旅を終えたばかりの君は、
まだ知らないだろうけど。
 
 
この旅をきっかけに
一水一会という存在が人生のまんなかに置かれ
 
暮らす場所も、暮らしかたも、働きかたも、
大切にしたいことも、出逢う人や景色さえも、
 
想像以上の方向へと、進んでいくんだよ。
 
 
 
── 自分にとって大切なものほど
 
探しにいくものではなく、
 
静かに感じる時間のなかで、
自然と、湧き上がってくるものなのかもしれないね。
 
 
そう、湧水のように𓂃⚪︎



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