傾心録𓂃 十一人目「私がみたかった景色は、本当にあった。」
『私がみたかった景色は、本当にあった。』
あの頃のわたしは
調和というものは
同じ方向をむいて、ひとつになること
だと思っていた。
でも、ちがった。
それぞれが、
自分のまま在ること。
ちがいを消すのではなく、
ちがいを尊重しあいながら響き合うこと。
調和とはなにか、
あの日の「水景」が、教えてくれた。
傾心録𓂃 十一人目
38歳 共に創るという挑戦
安曇野へ移り住んでから
「この安曇野の水や景色に出逢ってほしい。」
という想いが芽生えていた。
その頃にご縁をいただいたのが、
いろのみの優さんと、和菓子作家の紗季さん。
そこに暮らすなかで受け取っていた
「季節のリズム」という感覚も重なって
水と季節を感じながら
自分のまんなかにふれる
『水景』という時空間が生まれた🌿
・
この水景をやるにあたり
もうひとつ、私にとって別の挑戦でもあった。
尊敬する人と一緒になると
自分の意志よりも、相手を優先してしまう
そうして誰かの影に隠れてしまう癖があった。
一水一会ができた今なら
ちがう在り方で進められるかもしれないとも思うが
大丈夫かな…という不安も正直あって
自分の今心にずっと耳を澄ませながら
違和感をごまかさず、
自分の想いも大切にしながら
共奏者の皆さんと共に
対等に、場を育めるよう準備をしていった。
── そして、迎えた当日。
そこには、長野県だけではなく
全国から集まってくれた22名の皆さんが集い
水を味わい、
音に身をまかせ、
季節を感じながら、
ひとりひとりが、
自分の心赴くままに過ごしていた。
主宰者とお客さんという立場
年齢や肩書きも超えて
人も、ものも、建物も。
水も、風も、光も。
植物も、この土地そのものも。
水のように溶け合い
空間全体が、“ひとつ(調和)”になっていた。
後日、
愛さんが残してくれた写真をみて
そんな感覚が満ちて
自然と、涙がこぼれていた。
あの頃のわたしと対話してみた
あの日、君は何を感じていたの?
少し間を置いて、
こんな言葉が返ってきた。
『ちがいをなくすことが、調和じゃなかった。
それぞれが、それぞれのままで。
そのちがいを尊重しあいながら
ひとつの時空間を育んでいけるんだ。
わたしがみてみたかった景色は
創りたかった調和の世界はこれだったんだ…。』
…あぁ、だから君は、
あの写真を見て涙が出たんだね。
「夢」ではない。
ずっと心の奥で願っていた世界が
あの日、目の前に広がっていたんだから𓂃⚪︎
───
“自分らしく在る”こと。
“誰かと共に在る”こと。
このふたつの世界を
「どちらか」ではなく、
本当に共存できないものなのだろうか。
簡単なことではない、と思う。
それでも、あの日
私の目の前に広がっていた景色が
「大丈夫。できるよ。」と教えてくれていた。
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