傾心録𓂃 十二人目「人生は、自分で決めるものだと思っていた。」
『人生は、自分で決めるものだと思っていた。』
以前のわたしは、
人生は“自分で決めるもの”だと思っていた。
自分で考え、悩みながら
自らの意志で選んでいくものだって。
でも、一水一会と出逢ってから。
その感覚だけではないように
すこしずつ、感じはじめていた。
わたしが決めた、というよりも。
人生のほうから
「こっちだよ!」と呼ばれているような
自分よりも大きなものに
そっと導かれていくような感覚。
そんな感覚が
初めて、確信へと変わった出来事を
傾心録𓂃最後の十二人目として綴ろうと思います。
38歳 人生がさらに大きく動き出す
水景を終えた頃。
一水一会を学びたいと、
滋賀県から何度も安曇野へ通ってくれた人がいた。
それが後のパートナーとなる湖月さんだった。
水のこと。暮らしのこと。生き方のこと。
いろんなことを話すほどに
大切にしている感覚や景色がよく似ていた。
そして、ある日。
彼女が想いを伝えてくれた。
素直に、嬉しかった。
でも同時に、頭はいくつもの理由を並べはじめた。
年齢差、住む場所、仕事。
「本当にこの人でいいのだろうか」という声も出てきた。
自分では答えが出ずに
信頼する人たちにも相談した。
そこで帰ってきたのは
『最後は直観だよ!』という言葉だった。
何度も問い続けた。
そして、ひとつの答えに辿りつく。
『もし、すべてを失ったとしても、
この人となら、もう一度歩いていける。』
そこに明確な理由はなかったけど
ただその瞬間、なにかが腑に落ちた。
「決めた」というよりも
“この人生の流れに、自分を委ねた”
そんな感覚が近かった。
それから人生は、
これまで以上に、大きく動きはじめた。
湖月さんと一緒に
1ヶ月、西日本の湧水地をめぐる旅をした。
そこで感じ、受けとったものを
安曇野での日々の暮らしに落としこみ
今年から、すこしずつ
“湧水が宿る暮らし”の探究を重ねている。
すべて関心があるものだったけど
ひとりでは見えなかった景色や
ひとりでは踏み出せなかった世界を、
この約半年間、次々と出逢わせてもらった。
── 今振り返ってみると、
あの日の選択は、
パートナーを選んだ出来事ではなくて
私自身を、そして人生そのものを、
より深く信頼できるようになった日だった。
あの頃のわたしと対話してみた
ねぇ。あの時の君は、何を感じていたの?
『これまでも根拠ない直観を信じて進んできた。
けど、パートナーシップだけは信じきれていなかった。
だからあの日、直観を信じられたことで
本当の意味で、「流れに委ねる」ということが
わかった氣がするよ。』
…あぁ。
だからあの日、
迷いながらも、一歩を踏み出せたんだね。
直観というのは、
突然降ってくるものではない。
これまでの十一人のわたし。
その迷いも、葛藤も、失敗も、遠回りも。
そのすべての経験が、
すこしずつ育んでくれたものだった。
──
「人生は、自分で切り拓いていくものだ。」
ずっとそう信じてきた。
でも今は、それだけじゃないとも思っている。
水のように、人生にも“流れ”がある。
その流れに耳を澄ませ、
そこに重ねようと動きだしたとき、
わたしたちは、
今の自分では想像もできないような景色へと
運ばれていくのかもしれない。
人生とは、本当に粋なものだ。
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