一 水 一 会

水流るる音を聴きながら
珈琲と余白を味わう。

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「ていねい」とは、なんだろう。

 
炭火の暮らしをはじめてから
この「ていねい」という言葉にたいして
心が苦しくなっていることに氣づき
 
あらためて、深く向き合った日があった。
 
 
そこからの氣づきを何気なく周りにシェアしてみると
「それ、記事にしてください!」という言葉を多数いただきましたので
少し長いですが、分かち合わせてください🌿
 
もし同じような心模様を抱く人がいたら
なにかのきっかけとなれたら、とても嬉しいです⚪︎
 
 
 

「ていねい=ゆっくり」という思い込み

ある日、ヘトヘトになり
「今日は炭火も、土鍋もしたくない」と思ったら
そのとき心がなぜかざわついた。
 
そんな心模様を
パートナーにつらつら話していると
 
『ていねい=時間をかけること』
そう思い込んでいたな、と氣づく。
 
 
けど、生きていたら今日みたいに
ヘトヘトで楽をしたいこともあるわけで。
 
 
「じゃあ時間をかけないことの中に
ていねいさは存在していないのか?」
 
直観的にそうではなさそうだな
なんて思いながら、対話がさらに広がっていく。
 
 
─────
 
今日の晩御飯どうしようか?

土鍋をする体力もなく、手作りもできない
ただ外食は嫌、お弁当もなんか嫌だな…

簡単なものでもいいから
少しでも「手」を加えたいなぁ〜

それなら、パスタがいいな♪
ソースも手作りじゃなくて、市販で買おう!
けど、自分たちのピンっとくるソースで✨

結果、ナポリタンに決定!!
けど、お気に入りのうつわで食べようね。
 
───
 
 
調理時間はたったの10分。
ただ茹でただけ。
 
土鍋や炭火の世界からしたら
真逆かもしれないけど
 
それがもう、とびきり美味しくて🍝✨
 
 
そして、しばらくして
 
この対話と出来事から
“ひとつの答え(定義)”に辿りついた。
 
 
 

「ていねいな生き方」ってこれなんじゃないか

ていねいとは、時間をかけることではなく、
 
【その瞬間の、本当の望み】に心を寄せ
そこに自分の行動を合わせる

 
ということだと思ったんです。
 
 
 
時間をじっくりかけて
ご飯を土鍋で炊きたい日もあれば
 
この日のように
すぐに食べられる手料理を食べたい日もあれば
 
手作りではなく
お弁当や外食の日もあっていい。
 
 
 
季節のように移り変わる
 
自分の望みに、誠実に、正直で在ること。
 
 
その探究そのものが
「ていねいな生き方」なのではないかなと!
 
 
 

さいごに。

土鍋。炭火。時間をかける。手作り。
 
それらは確かに豊かだ。
手間をかけることでしか出逢えないものがある。
 
けど、その豊かさは
時に“義務”に変わってしまうこともある。
 
 
 
この日の土鍋を拒否した心。
 
あれは怠けではなく、わたしの正直な声。
 
 
その声を無視して
「でもていねいにしなきゃ」と動くことのほうが
実は乱暴なのかもしれない。
 
 
 
もちろんいろんな定義があると思うし
それぞれ、自分が心地よいものを選んだらいい。
 
 
ただ今回の出来事を通して
 
ていねいさとさらに心地よく、楽しく
手を繋いで共に生きていけそうな氣がした。
 
 
なにより、心が軽くなった🕊️

 
 
──
 
もしこの氣づきにふれて
何か感じるものがありましたら
 
そっと教えてもらえたら、嬉しいです☺️
 
 
最後までお読みいただき
ほんとうに、有難うございました。
 
 
きょうも佳い一日を𓂃⚪︎

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